開けきれない箱

現役メンサ会員が様々な物事に関しての意見・考察を書きます。

付き合うという文化

   いつから人間は付き合うという文化を持ったのだろうか。私が知っている限りの知識として、日本やヨーロッパでは家柄により結婚相手が決められる習慣(または文化)があった。また日本では、許嫁という親同士の話し合いによる結婚相手の決定がなされる文化もあった。このように、自分の結婚相手が自ら選んだ人でない場合もあったという事だ。さらに遡りまだ本能の赴くままに生きていたころ、私たちは子孫を残すための相手など吟味していなかったであろう←あくまで推測   。つまり、性行為ができれば問題はなかったのである。

   現代はどうだろうか。結婚相手は吟味され、年々晩婚化が進んでいる。また結婚相手と性行為の相手が同じとは限らない。テーマの視点でいうと、結婚相手を決める過程を付き合うとしている←付き合うという文化の存在   。なぜこうなってしまったのか。原因はいくつかある(いくつあるかは書きながら考える)。

   1つは、人口の増加である。年々、世界人口は増え続け食糧問題が懸念されている。つまり、もう増やす必要がないのである。

   2つは知性の問題だ、性行為をしなくても快感は得られるし、本能に逆らえるようになった事も大きいであろう。

   余談ではあるが、恋と嘘という漫画がある。その世界では、理想の結婚相手が政府によって演算され選び出されているのである。つまり、結婚相手を選ばなくていいのである。まあ、個人的にはそれもありだと思う。結婚という制度が必要かどうかはまた今度書こうと思う。ではでは